初めての大規模なマラソン大会「2004北海道マラソン」はとにかく不安だらけだった。

 

まずスタート地点の真駒内公園とゴール地点の中島公園は大きく離れているし、ゴール地点はすすきの近くのため車では行けない。荷物を預けてからスタート時間まで、けっこう時間があるためトイレが大変。

そして一番の問題は、スタートしてからスタートラインに付くまでいったい何分かかるのか?最初の5キロの関門が29分になっているが大丈夫なのか?

 

こんないくつかの不安を抱えたまま私は荷物を輸送トラックに積み、寒空の中スタートラインに付くまでの長い列に加わった。

当日は小雨が霧雨のように降っていた。ランパンランシャツで待つにはつらい天気だが、その長蛇の列は徐々に真駒内の陸上競技場の中に吸い込まれていった。

 

いよいよ競技場の中に入ったが、4000番台のゼッケンを付けた私の位置はほとんど最後尾になってしまった。「もうこうなったら一番後ろからスタートしてやる」と開き直り、集団の一番後ろでスタートの号砲を待った。

 

「パンッ!」

 

北海道知事が鳴らすピストルの音と同時に、先頭集団はダッシュしていた。

しかし私の居る最後尾は全くビクともしない。さすがに4000人もトラックの中に詰め込めば、後の方などいつ動き出すのか分かったものじゃない。号砲から30秒くらい経って我々の居る位置も少し動き出したが、なかなか進まないのでトボトボ歩くしかない。

ゆっくり歩き続けて、スタートラインに辿り着いたのは号砲から1分半くらい。思ったより早かったがノロノロ運転はまだまだ続く。

 

やっと競技場を出たものの、そこからがまた大変だった。

競技場の外は公園内の細い曲がった道をくねくねと通るため、今度は完全にストップしてしまった。しかも、このノロノロ運転状態にいらだちを隠せない北海道のランナー達は殺気立っていた。

 

前につまずいて倒れている人も居た。

 

よく解らないが怒っている人も居た。

 

「これが憧れていた北海道マラソンのスタートか…」思いのほか前に進まない状態に、私はあることに気が付いた。「このままじゃ5キロの関門に間に合わない」スタートから500mあまりで5分以上も経過しているのに、渋滞のためまだ歩いている。

 

最初の関門である「5キロ29分」をクリアするためには、その後をキロ4分くらいのダッシュで行かないと最初の関門でリタイア扱いとなってしまう。

 

 

とにかく、その時は前の方が進んでくれることを祈るだけだった。