Y氏の助言により私の頭の中は日々「トライアスロン」一色となっていった。

しかし、まだフルマラソンで4時間を切れないのにトライアスロンとは何事だ!と勝手に自分にツッコミを入れ「自分にはまだトライアスロンは早い」と考えた。やはりフルマラソンで3時間30分レベルに達しないと難しいだろう…と思い込みトライアスロンのことは一時封印することにした。

 

さて、マラソンを始めて2年目の秋にフルマラソンに挑戦したはいいが、4時間11分という成績がだんだん恥ずかしく思えてきた。

Y氏にも「来年の洞爺では絶対4時間切るから」と宣言していたが、その年の冬はほとんど練習出来ずに年末を迎えた。

 

 

年が明けた2004年。

私にとってのマラソンシーズンは3年目を迎えた。実はこの年が、最も沢山のレースに出場した年であった。今思うと、「この時は本当に貪欲だったんだなぁ」としみじみ思う。

まずは春から4月中旬の「伊達ハーフマラソン」を1時間48分。5月5日の「豊平川ラン&ウォーク」を1時間46分。

 

いずれも目標には及ばなかったが「この時期はこんなもんだろう」と思える範囲の成績だ。しかし、その大会の中で私は周りのランナーから聞き捨てならない言葉を聞いた。

「北海道マラソンの出場タイムが緩くなったらしい」

 

私は最初、その意味がわからなかった。

なぜなら北海道マラソンは限られた人しか出られないと思っていたので、出場資格について詳しくは知らなかった。気になったので後で調べてみると、出場資格の「ハーフタイム」で1時間50分以内の完走記録があること、となっていた。

以前は1時間40分だったらしい。 ちなみにフルマラソンは4時間以内、10kmは31分以内という厳しい出場資格もあった。

 

「やったぁ!北海道マラソンに出られるかも」と私の胸は躍りその後早速北海道マラソンへの参加申し込みをしたのは言うまで無い。まだサブフォーどころかハーフでの1時間40分切りも達成していないのに…

 

そんな耳寄りな情報を獲た私は、いよいよ2回目のフルマラソンを迎えた。

「洞爺湖マラソン」この大会は実は道外からの選手が意外にも多い。

サロマ湖ウルトラマラソンや北海道マラソンと並んで北海道以外からの参加者が多いらしく、この時期の洞爺湖畔のホテルは何処も満室に近い。

 

当日の体調は万全。天気は快晴。こうなると燃えないわけにはいかない。前回の初フルでの反省を踏まえて前半は飛ばし過ぎないように気をつけた。

10kmを55分台、20kmを1時間48分台で通過し、やや疲れは出てきたが予定通り。この辺から日差しが強くなり、足が少し重く感じるようになっていた。

気温は5月なのに25℃を超えていたと思う。

 

30kmを2時間44分で通過してからは、ズルズルとペースが落ちているのがわかった。コースが湖畔から少し外れ、モチベーションも落ちていたのかもしれない。

30キロの給水所でかなり入念にストレッチをしたが、そうとう足にきていた。そして35キロくらいから歩く時間が増えていた。

 

そして最終タイムは、4時間37分

 

なんと初マラソンを大幅にオーバーする結果となった。走り込みが足りないのはもちろんだが、気温の影響もあったのだろう。しかし、歩いてしまった距離は初フルの時と変わらないと思う。ということは…ラストの歩くスピードさえ遅かったのか。

 

この反省をどう生かそうか…

 

 

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