ロードバイクのペダリングで試行錯誤している私などお構いなしで、一緒にやっていた練習距離はどんどん延びて毎回100km以上が当たり前になっていた。ロングトライアスロンの大会には、次のシーズンから出場すると宣言していたのに、先輩達と一緒にその練習メニューをこなすようになっていった。

 

いつの間にか練習量が増えていたそんなある日、チームのメンバーが久しぶり集まっての飲み会があった。

その時も私はオロロントライアスロンには次のシーズンから出ると言ったのだが、チームのメンバーは絶対今年出た方が良いと聞かない。どうもオロロントライアスロン大会は来年でなくなってしまうという噂があったので、出られる時に出ておいた方が良いというのだ。

そうは言っても、当時国内最長距離244kmのトライアスロン大会までは3ヶ月ほどしかない。しかもいまだに泳げないというのに、普通の人なら出ようなんて思わないだろう。しかし彼らは普通の人ではない、鉄人トライアスリートだ。

 

いやその中でも「ロングトライアスロン」をメインとしている「超」がつく鉄人トライアスリートなのだ。生半可な言い訳をしても、「3ヶ月もあれば余裕じゃん!」と言われるのがオチだ。

 

そんな「超」鉄人達に囲まれ、私は覚悟を決めるしかなかった。

「わかりました、今年のオロロンに出ます!」

沢山の鉄人達の前で、私はその年に行われるロングトライアスロン「日本海オロロンライントライアスロン国際大会」への出場を宣言してしまった。

 

その年のロングトライアスロンに出ると宣言したものの、当然不安だらけだった。

トライアスロンは水泳・自転車・マラソンの順に進むのだが、それぞれに制限時間があるためその時間内に通過しないと次の種目には進めない。着替えの時間も含めて関門をクリアしないとその時点で競技終了し、収容バスでゴール地点に運ばれる。

 

しかも、その競技の順序は私が苦手な順番に並べられている。何と悲しいシステムだろう。かと言って順番が逆だったら完走出来るのか?と言われると、それはそれで難しいだろう。

いずれにしても、大会に向けて最優先でしなければならないことは一つだけ。「泳げるようになること」これに尽きる。