やっと5キロを走れたばかりなのに「10kmのレースに出たい」などと、そんな大それたことを考え始めたが実際には全く自信が無かった。

確かについ先日5kmで25分を切ったものの、その倍の距離を走りきるなんてとても想像できなかった。その頃の私にとって5kmと10kmの違いはあまりに大きかった。

 

しかし、一度出たいと思ったからにはなんとしても出たい。とは言っても今は徐々に距離を伸ばすだけだ。

それからは自己ベストを3回連続で更新したら、距離を1kmづつ伸ばそう!と考えた。既に5kmをクリアしていた私は、6kmでの自己ベスト更新を目指していた。

今考えるとそのくらいの距離で自己ベストを出すのは意外と簡単だったのかもしれない。案の定6kmでも26分台を出した私は、いよいよ7kmに挑戦していた。

 

その頃私は10kmレースに出場するための手続きは、どうしたらいいのか調べていた。今までも色んなスポーツをしてきたが、自分で出場手続などしたことはないしましてやマラソン大会なんて…

 

しかし、インターネットというのは本当に便利なものだ。検索エンジンで「マラソン大会 北海道」と入力するとなんと100万件の情報が出てきた。

私にとってそこから適当な10kmレースを探すのは簡単なことだった。初出場の10kmレースを翌年の5月5日に決めた私はその日も7kmでの自己ベスト更新を目指していた。

 

翌春の10kmレースに出ることを決意した私は、練習距離を1キロづづ延ばし7キロでキロ5分切ることを目指していた。すると最初の練習ランで34分40秒を出してしまった。

「これはいいぞ!」と思った私は、7kmの練習を6回でクリアして8kmの練習に入った。勢いに乗った私は8kmのランでも初回を39分ちょうどで走りきり、このシーズンの練習は終わった。季節はすでに冬に入りかけていた。

 

しかし冬用のシューズなど持っていないし、ジムにも行ったことがなかったので雪の中を走るなんて考えもしなかった。

当時の私は冬になると練習を止めるしかなかった。雪国ランナーの悲しいさだめだ…と思っていた。高校球児なら室内練習場で息を白くしながらも練習するのだが、さすがに当時の私にそこまでの根性は無かった。

この年の年間走破距離は211km。今ならひと月で走る距離だが、当時はこれでも充分満足だった。そして、その年の練習は「冬眠」してそのまま年末を迎えた。