そんな海でのスイム練習をしながらも、バイクの練習も並行して増やした。

それまでは、大会距離の200kmに近い160kmとか180kmくらいのバイク練習が多かった。スピードも平均22km/hくらいのゆったりペースで、マラソンのLSDみたいなバイク練習が多かったが、大会1ヶ月くらいになると内容が変わってきた。

 

海でのスイム練習の後、そのままバイク練習をする山の方に移動してスピードも平均で25~30km/hの追い込み練習が増えた。長い距離の練習の時も吐きそうになったが、スピード重視の追い込み練習も本気で吐きそうだった。

でも、当時の私はとにかく先輩達に付いて行くしかなかった。どんな練習をすればロングトライアスロンを完走できるのか、全く想像も付かなかったので毎週先輩の言うとおりの練習をした。

 

大会が近くなりスイムやバイクの練習ばかりしていて、ランの練習はかなり少なくなっていた。

他の練習でかなり疲労してしまうと、さすがにジョギングまでする余裕がなかったと言うのが本音だ。しかしその年の春はハーフやフルマラソンだけではなく、ウルトラマラソンも完走していたので多少練習量が減っても何とかなる自信もあった。

 

そんな状態のまま遂にオロロンライン国際トライアスロンは開幕の時を迎えようとしていた。

ショートタイプ(51.5km)と違い、ロングトライアスロンに出場するには参加資格や提出を義務付けられる書類などがある。それはショートタイプを完走したことがあるとか、水泳で何キロ泳いだ証明書とかだったりする。

そして、参加者が多い場合は抽選があったり過去の成績で選考される。当時のオロロントライアスロンでは、病院の健康診断書と負荷心電図が必要とのことだった。健康診断はいいにしても「負荷心電図」というのは初めて耳にする言葉だった。

 

近くの診療所やクリニックに聞いてもやっている所はなかったので、大会事務局に聞いてみた。すると、大会に出場する医師がやっているクリニックがあるからそこで受けるといいと聞き、連絡して行ってみた。

私は一通りの健康診断を受け負荷心電図もとってもらった。負荷心電図とは文字通り心臓に一定の負荷を掛けた後に心電図をとる検査で、どれだけ酸素を摂取する力があるのか計るらしい。私の場合はエアロバイクをある程度の力で漕ぎつづけてから心電図をとった。

その後の医師の診察では「素晴らしい心臓だ!」という解りにくい褒め言葉をいただき、トライアスリートでもある医師から太鼓判を押された。さすがに毎週のように早朝から夕方まで鉄人達と練習していれば、知らないうちにアスリートと呼べる心臓になれるんだと妙に感心した。